くるったかみさま
執筆中のSSから抜粋
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ダァバール計画が実行される前夜、ぼくは、これまでにないほど安らかな気分で床についた。
明日、ぼくは神様にこの身を捧げる。それは恐らく、死ぬという事なのだろう。なのに不思議と、怖くなったり不安になったりはしなかった。
その理由を考えてみて、ぼくは今更、自分がこの世からいなくなってしまいたいと望んでいる事に気が付いた。
生贄になると決まったからではない。それよりずっと前から、恐らく兄が死んだ時から、ぼくは自分をこの世から消してしまいたかったのだ。
ぼくはずっと孤独だった。教団という信仰を同じくする集団の中でさえも、ぼくは誰とも絆を感じる事ができなかった。
それでもいつかは居場所を見つけられるはずだと、そう信じてがんばってきたけれど、得たものはやはり孤独と疎外感ばかりだった。
それから、自分は誰にも認められないのではないか、愛されないのではないかという絶望感だけだった。
何より、自分自身、そんな人生を生きる事に疲れていた。
だが、もう、そんな事を気に病む必要もない。肩の荷が下りた気分というのは、こういう気持ちの事を言うのかもしれない。
ぼくはまだ見ぬ神のことを想った。
ぼくが思い描く創造維持神は、自分と同じ黒髪の、優しそうな女性というもので、言うなればぼくの「母親」だった。
守られていると同時に支えなくてはならない存在とは、ぼくにとっては母だ。
もっとも、ぼくは自分の母親を知らないから、
それはきっと本から得たイメージであったり、人類全体に共通する"母"のイメージなのだろう。
ならば、ぼくは母の元に還るのだろうか?
生まれてくる前の記憶、母親の胎内にいる時の記憶というものを、ぼくは不思議と覚えているような気がする。
記憶というよりは感覚といったほうが正しいかもしれないが、温かく、全てが満たされていて、そこには心配事などひとつも存在しないような世界だった。
そんな所に還れるのならぼくは何も怖くない。
むしろ、ずっと待ち望んでいた幸福、安心がやっと手に入るのなら、それは「救い」ですらあった。