続きで上級天使と天導天使のSSです。駄文失礼。
「おまえか? コリエルが新しくよこした秘書候補というのは」
早朝の静寂に包まれた執務室、
この部屋の主である上級天使は頬杖をつきながら、デスクの向こう側に立つ女性を訝しげに見やった。
「はい。研究天使の16号と申します。プロファイルには目を通して頂けましたでしょうか」
女性の、作り物のように整った無表情な顔から、控えめな、しかしよく通る声が返ってくる。
まだ始業時刻までにはだいぶ時間があるが、上級天使が執務室に来てすぐに、彼女はやってきた。
低血圧な上司とは裏腹に涼しげな顔をして、女性にしてはかなり高い背を、真っ直ぐ伸ばして立っている。
上級天使の御前ともあらば、多くの者は緊張して肩をすくめるものだが、彼女は落ち着いたものだった。
「あいにくまだだ。まあ、見る必要もないだろうが……」
上級天使はあくびを噛み殺しながら答え、
「秘書など邪魔なだけだと言っているのに、あの頭の固い年寄りどもは聞き入れてくれなくてな。
どうにかして私に“お目付け役”を付けようと必死らしい」
ちらりと16号に探りを入れるような視線を向けたが、彼女は沈黙を保ったまま、この若い上司に心なしか冷ややかな視線を返した。
上級天使はむっとした顔になって、背筋を正すと、手元にあるパソコンを起動させた。
教団員の個人情報を保管しているデータベースを開き、研究天使16号のプロファイルを、手慣れた手つきで検索する。
特に興味も無さそうに画面上の文字を追っていた視線がふと止まり、眉間に皺が寄る。
「……お前、半陰陽だったのか?」
「はい。戸籍上は女性ですが」
「へえ、興味深いな。ひとつ脱いで見せてくれないか」
「……上級天使様でも、そのような下品な冗談を仰ったりするのですね」
下世話な問いにも少しも動揺する事なく、淡々と応答する。
そのすました顔を見て、上級天使の腹の底に、意地悪な衝動が沸き起こった。
「冗談ではないと言ったら、どうする?」
いつも部下に向けている冷酷な表情を作って見せながら、その美しい顔が一瞬でも恐怖で引きつらないものかと思う。
「お断りしますわ。私にも自尊心はありますもの」
きっぱりと言い放つその勇気はどこから来るのだろうか。
形の良い唇にかすかな笑みを浮かべつつも、上級天使の目をしっかりと見据える菫色の瞳は、あくまで冷たい。
「ふん……からかいがいのない奴だ」
「あなたが“からかった”せいで、何人もの前任者が辞めたと聞かされておりますので」
上級天使は椅子の背に体を沈め、深くため息をついた。
プライベート以外での一人の時間が無くなるのは少し惜しいような気もしたが、
プロファイルの経歴を見る限り、16号は文句無しに有能な人物だ。
自分と同じくらいの若さでありながら、自分を目の前にして怖気づいたりもしない。
性別が少し特殊な事など……、端からどうでも良かった。
「業務中はその減らず口を慎んでもらいたいものだな……」
「では、私を秘書にして下さるのですか?」
「ああ、採用だ。
…だからもう他人行儀はよせ。いずれおまえが配属されてくるような予感はしていたんだ」
今まで能面のようだった16号の顔が、初めて人間らしい表情に歪む。
「まさか……」
上級天使はニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「お前は今や、このマルクト教団で最高の科学者だ。上級天使の右腕としてこれ以上の者は他にいるまい?
私としても、すでに面識のあるお前が相手の方がやりやすいからな……少しゴネてやったんだ」
「まあ……」
16号のぽかんと開いた口から、驚いたような、呆れたような声が漏れる。
「“研究天使16号”では具合が悪いな……お前は今日から“天導天使”と名乗れ。天に導く、と書いて天導だ」
「……なんだか、“上級天使”よりも偉そうな響きですが」
「それくらいの方が、色々と都合がいい。……気に食わないか?」
「いいえ、身に余る光栄です」
天導天使は恭しく頭を垂れた。
そして、次に顔を上げた時には、あの能面のような無表情に戻っていた。
「では早速、今日の予定を読み上げてもよろしいでしょうか」
(相変わらず、仕事熱心な奴だ)
上級天使は苦笑しつつも、内心ではこの優秀な秘書を手に入れた事に満足していた。
「ああ、よろしく頼む」
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漫画版の二人のイメージで。
天導さんの研究天使としての番号は、適当に付けたもので意味はありません。
女性なのか男性なのかよく分からない天導さんですが、ここでは半陰陽(不完全な女性)という設定です。